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仙台地方裁判所 昭和55年(行ウ)2号 判決

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が訴外佐藤捷に対してなした昭和五四年五月二四日付第一〇三二〇号、同北島京子に対してなした同日付第一〇三二一号、同清水〓太郎に対してなした第一〇三二二号、同山本綾子に対してなした第一〇三二三号の各建築確認処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前)

主文と同旨

(本案)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、昭和五四年五月二五日付で、訴外佐藤捷、同北島京子、同清水〓太郎、同山本綾子の各申請に係る別紙物件目録記載の各土地(以下「本件各土地」という。)上に建築する各建物(以下「本件各建物」という。)につき、右佐藤に対しては第一〇三二〇号の、右北島に対しては第一〇三二一号の、右清水に対しては第一〇三二二号の、右山本に対しては第一〇三二三号の建築基準法(以下「法」という。)による各建築確認(以下「本件各確認」という。)をなした。

2  原告は、本件各確認において被告が法四二条二項に該当する道路(以下「二項道路」という。)と称する、本件各土地に隣接する通路(以下「本件通路」という。)を、従前から使用しているものであるが、本件各確認に基づいて建築された建物により、保健衛生上悪影響を受け、又は火災等の危険にさらされるおそれがある。

3  本件各確認は、以下の理由により、違法である。

(一) 本件各確認は、本件通路が二項道路に該当しないにも拘わらず、これを二項道路と認めたうえなされたものであるから、違法である。

(二) 本件各建物中、訴外山本綾子、同北島京子の各確認申請にかかる建物は、いずれも宮城県建築基準条例(昭和三五年条例二四号)八条にも違反している違法がある。すなわち、

(1) 同条によれば、都市計画区域内にある同条例七条二号の特殊建築物は、その用途に供する部分の床面積の合計が二百平方メートルを超え、千平方メートル以内である場合、その建物の敷地が道路に四メートル以上有効に接していなければならないとされている。

(2) ところが、右訴外人両名各確認申請にかかる建物は、いずれも都市計画区域内にあるアパート、すなわち同条例七条二号にいう共同住宅であり、右各建物の用途に供する部分の床面積の合計は、右山本所有の建物につき二〇六・九〇平方メートル、右北島所有の建物につき二一三・二四平方メートルであるのに、右各建物の敷地は、道路にそれぞれ二メートルずつしか接していない。

4  原告は、昭和五四年七月二四日、仙台市建築審査会に対し、法九四条一項に基づき、被告を相手方として、本件各確認の取消を求めて審査請求をなしたが、右審査会は、昭和五五年二月八日、右審査請求を棄却する旨の裁決をなし、同月一三日、原告に送達した。

5  よつて、本件各確認は、いずれも違法であるから、その取消しを求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告の本件訴えは、訴えの利益を欠き不適法である。

すなわち、本件各確認の対象となつた建物は、いずれも既に建築が完成し、使用に供されている。

ところで、建築確認の取消を求める訴えは、適法に工事をなし得るという確認の効果を排除し、工事の施行ないし建築物の完成を阻止することによつて回復されるべき法律上の利益が存する限りにおいて実益があるということができるが、確認にかかる建築物が、既に完成した場合には、仮に判決によつて、その確認が取り消されたとしても、対象建築物が実体的に適法である限り、特定行政庁はこれを強制的に是正できないし、それが実体的に違法だとすれば、確認の存否とは関係なく、右強制措置がとれるのであるから、対象建築物が完成している場合には確認の取消しを求める訴えの利益はない。すなわち、対象建築物完成後は、確認の取消しの訴えは、右建築物の除却、改築の目的を達するうえで適法な法的手段とはいえないのである。仮に、特定行政庁が、是正命令を発するにあたつては、建築主事の判断が事実上尊重され、確認を受けた計画どおりに建てられた建築物については、通常特定行政庁において是正命令を発しないから、判決で確認が違法であることが明らかにされれば、是正命令による是正措置を期待し得る可能性が出てくるとしても、それは単に事実上の問題であつて、そのような利益をもつて、確認の取消しにより回復すべき法律上の利益ということはできない。

よつて、建築確認のなされた建築物が、既に完成している場合には、右建物によつて何らかの不利益を受くべき付近住民は、もはや、右確認の取消しによつて回復すべき法律上の利益はないと解するのが相当である。

以上により、原告は、本件各確認の取消しを求める利益を有しない。

2  原告は、本件各確認の取消しを求める当事者適格を有しないか、又は、本件各確認の取消しを求めることは権利の濫用として許されない。

すなわち、原告は、本件各土地に隣接する土地上に、建築確認を得たうえ、建物を建築し、所有している。そして、右建築確認は、原告が、本件通路とは全く関係のない別個の通路を西側に開設し、同通路(幅員二メートル)を利用することを前提として与えられたものである。したがつて、仮に原告が、右原告開設通路を廃止し、本件通路を利用しているというのであれば、原告の建物は、建築確認上、違法建築となり、その確認も、取消しの対象とならなければならない。他方、原告は、本件通路ではなく、右原告開設通路を使用しているとすれば、本件通路の広狭あるいは本件確認にかかる各建物により、保健衛生上又は防災上も、特段の悪影響を受けるものとは言い得ない。

よつて、原告は、本件確認の取消しを求める当事者適格を有しないし、仮に当事者適格が認められるとしても、右の事情から、自己の法律上の違法を前提として、確認の取消しを求めることは、権利の濫用として許されない。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告が、本件通路を従前から使用していることは不知、その余の事実は否認する。

3  同3(一)の事実中、本件通路が、二項道路に該当しないことは否認し、その余の事実は認める。同3(二)の各事実については争う。

4  同4の事実は認める。

四  被告の主張(本案)

1  法四二条二項の規定に基づいて、特定行政庁たる仙台市長は、昭和二八年四月一六日仙台市告示第四一号により、「幅員四メートル未満、一・八メートル以上の道で、現に一般の交通用に使用されているもの」と指定したが、本件通路はこれに該当する。すなわち、本件通路は、昭和二五年一一月二三日の建築基準法施行当時には、すでに訴外酒井養治、同近野廉尓、同佐藤平三郎、同藤井ふみらにより利用されており、かつ幅員が一・八メートル以上あつた。

そして、同法施行当時にその幅員が一・八メートルあり、現に一般交通の用に供されていたことが明らかである以上、その後、右幅員を何人かが、不法に侵害して狭める様なことがあつたとしても、二項道路たる要件を満たすものと解される。

よつて、本件通路は、二項道路に該当するから、本件確認処分は適法である。

五  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  法は、

(一) 建築主は、一定の建物を建築しようとするときは、工事に着手する前に、その建物の計画が当該建物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「関係法令」という)に適合することについて、確認の申請書を提出して建築主事の確認を受けなければならない(六条一項本文)

(二) 建築主事は、右申請書を受理したときは、申請にかかる建物の計画が関係法令に適合するかどうかを審査し、適合することを確認したときは、その旨申請者に通知しなければならない(同条三項)

(三) 確認を受けない建物の建築工事はすることができない(同条五項)

(四) 建築主は、工事を完了したときは、その旨を建築主事に届け出なければならない(七条一項)

(五) 建築主事は、右届出を受理したときは建物が関係法令に適合しているかどうかを検査し、適合していることを認めたときは建築主に検査済証を交付しなければならない(同条三項)

(六) 建築主は、検査済証の交付を受けた後でなければ原則として建物を使用したり、使用させてはならない(同条ノ二第一項)

(七) 特定行政庁は、建築基準法又はこれに基づく命令若しくは条例の規定に違反した建物については建築主などに対し、当該工事施行の停止を命じ、又は建物の除却、移転、その他違反を是正するために必要な措置をとることを命ずることができる(九条一項)

と規定している。

2  ところで右(一)ないし(七)の手続を定めた法の趣旨は、当該建物の建築計画が関係法令に適合するかどうかについて、まず着工前に審査を行つた上、さらに完成直後にも検査し、検査に合検した上でその使用を認めるとともに、完成の後においても違反建物につき是正命令を発することにより、建築物の規制に関する実体法規の実効性を手続的に確保しようとするものに他ならない。

3  されば建築主事が行う建築確認処分は右一連の手続の頂点をなす実質上の許可行為として、工事の着工のみならず施行をも規制するものであり、完成直後における検査及び完成の後における違反建物に対する是正命令の措置は、いずれも右確認処分によつて開始される一連の手続の一環であり、これに奉仕するものと解すべきである。

4  もとより確認済であつても是正命令を発すべき場合もあり(例えば確認の際の適合性に関する建築主事の判断に誤りがあつたとき又は確認された計画どおりに施行されなかつたときなど)、また無確認の建物であつても適合性を充たしている限り是正命令の対象とならない場合もあろう。しかし、以上は法の予測しない異例の場合である。これをとらえて、確認処分とその後の手続ないし規制とを別個の制度として把握することは許されない。けだし、こうした見解は、建築確認制度の実効性の確保に資する所以ではなく狭い国土の中で建築物の敷地、構造設備及び用途に関する最低の基準を定め、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に寄与しようとする、法の立法趣旨に反するからである。

5  以上の如き確認処分の性質、目的及び関連制度の趣旨に、処分を取り消す判決がその事件について当事者たる行政庁その他の関係行政庁を拘束すること(行政事件訴訟法三三条一項)などを併せ考えれば、たとえ建物が完成して、検査を終了し、検査済証を交付した後においても、確認処分を取り消す判決は関係行政庁を拘束するものであり、右判決により当該建物が実体的に法規に適合しない違法建築物であることが明らかとなつた以上、特定行政庁は建築基準法九条一項により、是正命令を発しなければならない。もつとも、右条項は、「(是正命令を)発することができる。」と規定しているが、仮にこの文言が行政庁の裁量を認める趣旨であるとしても、確認処分取消しの判決が下され、違法建築であることが判決で明らかとなつた場合、特定行政庁が是正命令を発しないことは裁量権の濫用に当り違法と解すべきである。

6  してみれば建築物が既に完成し、検査済証が交付された後においても原告には、建築確認処分の取消しを求める利益があるといわなければならない。

7  さらに、およそ建築確認処分の効力の停止や建築工事続行禁止の仮処分は容易に認められるものではない。それに確認処分取消訴訟は、建築審査会の審査を前置しなければならないため相当の日数を要し、訴訟係属のころには建物はあらまし完成することが多い。されば、建物が完成すれば取消の利益がないというのでは、付近住民の救済は図られない結果となる。

8  これを本件について見れば

(一) 原告は、昭和五四年四月下旬、訴外ビルドが本件通路を前提として、本件建築確認を申請しようとしていることを知つた。

(二) 原告は、遅滞なく被告当局に対し、付近住民の一員として本件建物は防火衛生などのうえで付近住民に著しい不利益をもたらすこと(本件通路に消防車の進入は不可能である)、原告が昭和四二年一〇月初旬なした建築確認申請の際、当局は本件通路を二項道路と認定しなかつたことなどを指摘し、本件確認をすべきではない旨進言し、昭和五四年五月一〇日ころ仙台市長宛同趣旨の陳情書を送るなどした(なお原告はそのころ仙台北消防署にも同趣旨の陳情を行つている)。

(三) しかるに被告は、原告の陳情を無視して同月二五日本件各確認を行い、原告の抗議(そのころ行われた原・被告とビルドとの間の三者会談及び同年七月九日付仙台市長宛書面による抗議を含む)にも拘らず、これを取り消そうとしなかつた。

(四) 原告は、昭和五四年七月二三日、仙台市建築審査会に対し、法九四条により審査を請求して本件各確認の取消しを求めたが、同審査会は同条二項に違反して審理を遷延したあげく、同条二項所定の期間を六箇月も超過した昭和五五年二月一二日請求棄却の裁決を下した。

(五) 一方本件建築工事は昭和五四年五月に着工され、同年一一月中旬から一二月下旬にかけて全棟が完成した(検査済証の交付は、おそらく同年一二月末であろう)。

9  ところで建築確認処分につきその執行を停止しうるとしても、原告が本件において行政不服審査法三四条三項にもとづく執行停止を求めても、審査庁が執行停止を命ずるためには処分庁(すなわち建築主事)の意見を聴取しなければならないところ、前記の如き経緯を見る限り被告が執行停止を肯認することはとうてい考えられず、審査庁による執行停止処分がなされて建築工事が差し止められることは期待できなかつたものというべきである。

原告としては裁判所に対して確認処分取消しの訴えを提起するとともに確認処分の執行停止を求める他なかつたものであるが、訴訟提起のとき(昭和五五年三月一二日)には、すでに本件各建物は完成していたのである。

されば、本件において建物が既に完成したことをもつて訴えの利益なしとすることは、原告の救済の途を全くとざしてしまうことに他ならない。

10  もつとも審査請求があつた日から三箇月を経過しても裁決がないときは、取消訴訟を提起できる(行政事件訴訟法八条二項一号)。しかし、本件審査請求から三箇月後といえば昭和五四年一〇月下旬である。そのころには、工事は既に八分どおり完成の域に達していたから、取消訴訟とともに執行停止を求めたとしても、その実効性は期待できなかつたのである。

六  被告の主張(本案)に対する原告の認否及び反論

被告の主張(本案)中の各事実はいずれも否認する。本件通路は、昭和二五年五月二四日当時、すでに幅員が一・八メートルに満たず、また、建築物が立ち並んで一般交通の用に供されていたものではない。なお、原告は、昭和四二年一〇月初旬、本件通路の幅員が四メートルあるものとして、建築確認を申請したのに対し、当時の仙台市建築指導課長浅野多久治は、同年一一月初旬、原告に対し、本件通路を建築基準法上の道路として建築確認を申請しても、確認はできない旨告げたうえ、建築予定地の西側隣接地を借地して、同所に通路を設け、これを法の道路として建築確認を申請すべき旨指導し、原告も、これに従つて、隣地を借用し、その旨の書面を提出することを余儀なくされたという経緯があり、右浅野が、本件通路を二項道路と認めていなかつたことは、明らかである。

第三  証拠(省略)

別紙

物件目録

佐藤捷   所有

仙台市台原一丁目一番二〇〇

宅地     一四九・三三平方メートル

山本綾子  所有

仙台市台原一丁目一番二〇一

宅地     一八六・四五平方メートル

北島京子  所有

仙台市台原一丁目一番二〇二

宅地     一八六・四二平方メートル

清水〓太郎 所有

仙台市台原一丁目一番二〇三

宅地     一五一・七九平方メートル

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